2007年4月8日

良い転職先の見つけ方 -4- お客様にとって価値のある成果の提供


お客様は神様です という言葉がある。

これはある意味、真理をついている。ただし、この神様は自分が何を欲しがっているのか判っていない神様だ、と言うことを忘れてはならない。

たとえば。お客様が柘植(つげ)で出来た上質のソロバンが欲しい、と言ってきたとしよう。

もし、あなたがソロバンメーカーに勤務する営業マンの場合、多くのケースでは「ほいほい」と取って置きのソロバンを奥から取り出して、10万円で売りさばく、と言うことをするだろう。それは確かに
ソロバンメーカーとしては
正しい行為だ。

問題は「ソロバンメーカーとして正しい行為」は「商売として正しい行為」だろうか? という点にある。

お客様は柘植でできたソロバンが欲しいと言う。上質のソロバンは、玉の弾きが良く、計算していてストレスが無い。もし、このお客様が 純粋に趣味で 柘植のソロバンが欲しいと言うなら、この望みを叶えるのは問題ない。しかし、もし違ったら?

仮にこのお客様が、最近商売繁盛なために帳簿付けが大変なことになっていたのだとしよう。このままでは1日分の帳簿の計算が24時間で終わらない。そこで計算の邪魔になっている所を探した所、ソロバンの品質に思い至ったのだとしたら?

お客様が持っている問題に対し、お客様が出した解決策が的外れだった場合、どんなに上質なものを提供しても、お客様の満足度は上がらない。それはつまりお客様から見て、その会社は役立たずだ、と言うことになる。

今回紹介している『マッキンゼーのマービン・バウアー』という本の p.53 にこうある:
マービンが何としても避けようとしたのは、「間違った問いに正しい答を出す」ことである。(中略)
「企業が躓くのは、正しい問いにまちがった答を出すからではなく、まちがった問いに正しく答えるからである。多くの企業が、まちがった状況判断、まちがった前提の上に最善の決定を積み重ねていって、次第に窮地に追いつめられていく。」

まさにここにある通り、お客様は戦略レベルで誤った判断をし、それに基づいて正しい結論を出している危険性があるのだ。この場合は、「会計処理を早くする」のが目的だったはずなのに、それには「人間がソロバンをはじく速度を上げる」以外の手が無い、と思い込んだ。実際には計算機を導入するという手もあるし、人数を増やして並列処理をするという手もある(もちろん、21世紀の今日、ほぼ確実に正しい答は「会計ソフトを入れる」か「電卓を導入する」のどちらかだろう。どちらが正しいのかは、規模問題に依存する)。


ソロバンメーカーとしては、良いソロバンを売るのが正しい営業だ。

しかし、ソロバンメーカーがそもそも「計算を支援する機器を売るメーカー」という自覚に立っていたらどうだろう? ソロバンを売ることが正解だろうか?

いや、もっと大胆に「企業の会計を支援するメーカー」であれば? 会計のアウトソースサービスを売るのが正解になるかもしれない。


このような「自社の本当のサービスは何なのか」という問いは、お客様のニーズの本質を丁寧に拾い上げることによって得られる。逆に言うとこれをサボると、将来予測を踏み外す。

たとえば、1800年代に大盛況だった蒸気機関を用いたアメリカの鉄道会社、特に大陸横断鉄道会社の多くは、1900年代末にはそのほとんどが存在しない。『人間を高速に、大量に輸送する』という発想に出なかったため、航空会社に根絶やしにされたのだ。

IBMはPCを作る際に、偏った顧客にアンケートを行った。結果、「PCは玩具であり、IBMの顧客にニーズは無い」という結論に至った。この間違いのせいで初期の戦略を誤り、 OS は Microsoft に取られ、CPUは Intel に席巻され、PC本体はクローンメーカー達に勝てない…というにっちもさっちも行かない状態に追い込まれて、Lenovo に身売りする羽目に陥った。


このようにお客様の真のニーズを把握するには、時にはお客様に逆らわなくてはいけない。お客様の実情を知り、お客様が立てた戦略を否定しなくてはいけない羽目に陥ることがあるからだ。『正しい問い』を見つけ出すには、このリスクを犯す必要がある。「お客様がそういったから」と言う台詞を営業が吐いた場合に、あるいはプロジェクトマネージャーがはいた場合に、それを是とするようであってはいけない。
「馬鹿」
と言って、ケツを蹴飛ばすのが当たり前でなくてはいけないのだ。


「お客様にとって価値のある成果を出しているかどうか」
を調べるのは、意外と難しい。顧客満足度の低さが「正しい問いを探すためにずけずけと踏み入らざるを得ないから」なのか「間違った問いにいつまでも振り回されて、お客様の真の問題が解決されないから」なのか、見極めるのが難しいからだ。ただ、次のような規則はある。


  • エンジニア(別の言い方をすると下っ端)は、与えられた問いに対し、正しい答を導き出す能力を求められ、またそれを鍛えるよう期待される

  • リーダーは、与えられた問いに対し、「正しい問いは何なのか?」を探求し、正しい問いを求めるための質問をし、正しい問いを導き出す能力を求められ、またそれを鍛えるよう期待される

  • プロジェクトマネージャーは、「それは本当に正しい問いなのか?」とリーダーやエンジニアに問いただし、彼らの答が妥当なのか、ごまかしに過ぎないのかを見抜く能力が求められ、またそれを鍛えるよう期待される



この3つの立場それぞれの人と面接し、それぞれの人がこれらの能力を持ち、またそれを鍛えている事が判れば、その会社はおそらく「お客様にとって価値のある成果を出している」と思われる。

というか、私は今の所、この点に関してはこれ以上の判断戦略を持っていない。これ以上は、入社してみて周囲を見渡してからでなくては判らない事が多い。

観察においては、いくつかポイントはあると思う。

エンジニアは正しい答を導き出すために膨大な知識の蓄積を必要とする。若くて時間がある人間はエンジニアになるチャンスが高いが、年齢を重ね雑事に追われる人間はエンジニアになるチャンスが低いのはこのためだ。

リーダーはお客様の真のニーズを引きずり出す必要があるため、人間同士の対話能力と、エンジニアとしての幅広い知識が求められる。ただし、深さはエンジニアほど深くなくてもどうにかなる。

プロジェクトマネージャーに必要なのは、自分が問いを発することを恐れない心と、相手の説明の中に論理的な誤りや飛躍がないか見抜く能力になる。特に論理的飛躍や矛盾に対する感度が優れている事が求められる。優秀なエンジニアに対し、正しい問いを発することが出来るならば、そのエンジニアの持つ知識を高速に吸収できるチャンスにも恵まれる。大抵の場合、リーダーとマネージャーが同一人物になるのは、リーダーからマネージャーになる、という人事上の理由のほかに、マネージャーの能力があれば、リーダーへとスキルアップしやすいからでもあるのだ。



これらの条件を満たすべく、各人が期待されているなら、多分その組織はお客様にとって価値のある成果を、お客様にお届けできるだろう。どこか1箇所でも漏れがあれば、「お客様にとって価値がある」のではなく、「お客様の言ったまんまの」成果を届ける組織だと言うことになる。十分に賢いお客様ばかりの市場であればそれでも利益は出るかもしれないが、利幅は薄く、労多くして功少ない会社だと言うことになる。あまり働きたい環境では無いと思うぞ。