2010年5月23日

新人じゃなくなった人は何を気にするべきか -6- Announcement

さて。次は Announcement についての話だ。

…え? 所有権問題はどこへ行ったかって?
うむ。実は Announcement は所有権問題を解決するために必要なのだ。

そもそも、Annoucement というのは Communication の特殊ケースである。Communicationが双方向通信なら Annoucementは単方向通信。
会社の偉い人が
「これからわが社はこれこれ、こうするぞーーーー」
と社内に宣言するのも Announcement なら、社外に向けて
「新商品 wxy 新登場!! 従来にない操作感と、やまだかつてない噛み心地をあなたにっ!!」
と宣伝するのも Announcement だ(…操作感と噛み心地がありえる商品が何なのか、に関しては聞かれても答えるつもりはないのでそのつもりで…なんだろうなぁ)。

「運は天にあり。鎧は胸にあり。手柄は足にあり」
という上杉謙信の名台詞をご存知な方もいるだろう。あれも Announcement だ。


しかし、会社においてもっとも重要な Annoucement は、そしてその重要性が軽ろんじられており、故に大抵の無能な上司がやらない Annoucement は、こういう形式のものだ:

「この度、xxxxというプロジェクトを新規に立ち上げることになった。
このプロジェクトの存在意義は これこれ こういうことだ。
プロジェクトの責任者として yyyy 君を任命した。
いろいろあるだろうが、どうか皆、yyyy君を支援して欲しい。よろしく頼む」

さて。なぜこの Announcement はそんなに重要なのか? 無能な上司が…特に取引コストについても、エージェンシー問題についても、丸っきり理解していないことを態度で示している無能な輩が… Announcement についても間違っている、となる その限定合理性が示している問題とは何か? これを理解してもらうために、ここからしばらく、「所有権問題」について説明しよう。

所有権問題は、すでに述べたように限定合理性に伴って発生する3種類の問題の1つだ。
前の二つはそれぞれこう:
取引コスト問題:
取引する人全員が同じように影響を受ける問題。ようするに取引をする人達同士の間で対称形になっている。
エージェンシー問題:
取引をする人達が非対称形になっている。

なら、最後の1パターンは? もちろん
所有権問題:
取引をするはずの片方が居ない/所有していることを意識していない/全員が所有者で意思決定ができない
たとえば、大気汚染を考えてみよう。ある企業が有害物質を大気中にまき散らした。そのために大気汚染が起こった。人間は皆、空気がないと生きていけないし、汚れた空気だと健康を害する。だから怒る。

…でも待って。じゃぁ、この企業はどうすればよかったと? 誰に許可を貰えば有害物質をまき散らしても良くなるのだろう? あるいは
「それは有害物質だから撒き散らしちゃ駄目」(有害物質だと判っていたとして)
不許可を言明できる 大気の持ち主 って誰だろう??

我々は皆、空気を吸っているよね。正確には酸素を吸い込んで二酸化炭素とかを吐き出している。他にもアンモニア等、微量成分を色々吐き出していて、ある意味我々は全員大気汚染をしているとも言える。これは誰が許しているの?
体が大きい人は、体が小さい人よりも大気の汚染量が大きいよね? それは許してる(誰が許しているんだか知らないが)。企業は ものすごく体が大きい人 と同じ扱いをされちゃいけないの??
現実問題として、多くの人は自動車に乗ったりバイクに乗ったりしているよね。これも大気汚染を引き起こすよね? 光化学スモッグなんか典型的に自動車の排気ガスが主原因だと判ってる。これが OK なのはなぜ??

なんとなくみんなのものだと思っているが、いざ特別な使い方をしようとすると、誰に許可を得たらいいのか判らない。逆にどこまでが特別な使い方なのかもよく判らない。決定権を持っている人が居ない。所有権を持っているのだかもっていないんだかよく判らない。そういうものについて、何かしようとすると、一種のデッドロック状態が発生して話が前に進まなくなる。これが所有権問題。古典的には「共有地問題」として知られていた。

みんなの財産。共有財産。でも、それは誰のものでもない。だから誰かがその財産を枯渇するまで消費してしまっても気がつかない。止められない。それ以前にそれは止めていいことなのか?止める権利があることなのか?
「必要な者が必要なだけ消費する」
というルールは共有財産自身が自動で生産する能力の範囲内であればうまくいく。でも共有財産自身の生産能力を上回ったら破綻する。

逆もある。たとえば里山問題。
大昔、人は田んぼと同じ面積だけ里山を必要としていた。里山は人が手入れをする。木の実だのなんだのも手に入るが、一番大事な生産物は里山から得られる有機肥料。これを田んぼにまく事で生産性を上げていた。
でも化学肥料の発達のおかげで、里山は要らなくなった。誰もメンテナンスしなくなったので、里山は荒廃し、もはや昔のような有機肥料などの生産能力も失われた。保水力もなくなり、洪水の遠因にもなっている。
人が共同で管理しているからうまく動いていたシステム。誰も管理しなくなったら壊れてしまった…里山は誰のもの? 誰が管理「する義務があった」の? サボったのは誰??

このように、「そこにあるが、誰のものでもない。でも全員のものである」ようなリソース。そのようなものに対する、消費権利、管理コスト支払い義務は、かなり難しい解決不能な問題だ。何しろ調停するべき片方がいないのだから。



実は、この所有権問題。リソースだけが対象じゃない。問題も所有権問題の対象になり得るのだ。

は?何言ってんの

在日米軍基地問題とかを考えてみて欲しい。

「負担を沖縄にばかり求めるのはよくない」
うん。皆これには賛成するよね。
「じゃ、申し訳ないけど、あなたの家の隣に米軍基地が越してきます。騒音とか排気とかひどいことになるけど、許してね」
まてぇええええええっっ!!! そんなことを OK した覚えはないっっ!!!
「だって『負担を沖縄にばかり求めるな』っていうのに賛成したじゃん」
同じぐらい、俺にばかり求めるな、というのにも賛成するわいっっ!!!
米軍基地移設問題が何時まで経っても解決しないのは、この「総論賛成・各論反対」のせいだ。

総論賛成
各論反対

これも所有権問題なのだ。もうちょっと別の言い方をすると
それは全員の問題である
私だけの問題ではない

故に、全員で均等に発生する負担には従うが
私に集中的に負担が発生するのは許容しない
これはようするに、「問題の所有者が不明瞭」なために、全員がその問題の所有者であることを放棄し、その問題に対して他の人よりも多くの負担を求められることを拒否するがゆえに、問題解決が前に進まなくなる。デッドロックする。



会社のような組織において、問題点がどこにあるのかを探すのは簡単だ。また、それが問題であることを経営陣に納得させるのも比較的簡単だ。しかし、解決しようとすると突如として難しくなる。俗に「関係各位」と言われる連中から、大量の横槍が入るのだ。

「コスト削減が必要です」
うん、そうだそうだ。うちの会社は売上に対して利益率が低すぎる。

「コストの内訳を調査したところ、開発部が使っているPCの台数が多すぎることが判りました。
一人当たり3台ある計算になります。これを一人2台に減らしましょう。
電気代も節約できますし、中古品を売れば現金になります。」
いや待て。うちの部隊はそもそも開発をやっていてだな。計算機が3台無いとまわらんのだ。1台はOA用に必要で、これはIT部隊が要求するようなソフトを入れ、それ以外を入れない、と言う状態にしてある。もう一台は開発用で、最後の1台がビルド・テスト用だ。ビルドやテストの最中はCPUやメモリを大量に消費するので、開発マシンと一体化することはできん。すると最低限でも3台は必要なのだ。

「じゃぁ、ITのルールを緩めれば2台で済むんですね? では ITさん、ルールを緩めてください」
いや、それじゃセキュリティ上危険じゃないか。開発用マシンにはその目的上、クラッキングにも使えるツールが満載だろう? もしそのマシンを乗っ取られたら、会社のシステム全体を乗っ取るための道具をクラッカーに提供しているようなもんじゃないか。
もし、そんな事になったら誰が責任をとってくれるんだね?!

いやいや、そもそも、そこまで侵入された段階でお前のせいに決まってるだろうが。ツールが有るかどうかの問題じゃないし、内部のマシンのありようなんか関係なかろう。

何を言うんですか。うちのネットワークセキュリティは外部からの攻撃に対しては万全です。唯一の例外は、社内の人間が愚かにも釣りページに引っかかって、余計なツールをインストールした場合だけですよ。こうなると内側から内側を攻撃している状態になりますからね。さすがに我々が手を下すより早く、攻撃が完了してしまう。だから、余計なツールなんぞ入れずに、我々が許可したものだけを使っていてくれるのが一番安全なんだよ。

何が安全だ。安全に餓死するのと、病気覚悟でメシを食うのとで、お前は餓死することを選ぶのかっ!!

「…わかった。わかりました。とりあえず、開発部のマシンが3台ある件については後回しにします」
(やれやれ、これでどうやってコストダウンしろって言うんだ…)
こんな状態は、どこの会社でも、しょっちゅうなんじゃないかと思う。

どの部署も、誰もが、自分たちが使っているものを使い続けること、自分たちが欲しいものについての正当化はすでに出来ているのだ。そのためのコストは妥当だ、と思っている。だからコストダウンは当然やらなくてはいけないだろうが、それはうちの部署じゃない。あるいはうちの部署でも構わないが、正当性の前提である鬱陶しい拘束条件をたたき潰してくれ、という事になる。

いや、実際には上記の例はとても平和な例だ。実際にはこう言われることがほとんどだ。

お前はなんの権利があって、
うちの部署の予算の使い方に
文句をつけるんだ?!

Announcementをろくに行わない上司の元で、何かをやろうとした場合に必ず直面するのは、この形式の抵抗だ。

お前は俺の領分を侵しているぞ
お前の問題提起は正しいかもしれんが
俺の領分を侵犯せずに問題解決しろ

しかし、無能な上司の方はこう考えている。

お前にやれと俺が言ったんだから
やれないのはお前が無能な証拠だ

待てやボケナス。
「お前が俺にやれといった」事を示す
証拠はどこにある?!
その証拠なしに、
既得権を主張している奴らを
説得できるわけがなかろう?!

Announcement が重要な理由はこの一点につきる。有能な上司は、部下に仕事を割り振るときに、必ず Announcement をかけるが、そこには
  • 私が仕事を割り振ったのだ
  • 問題提起があり、私はそれを問題と考えた
  • 解決のために権限委譲をした。yyyyが担当だ。この件に関しての権限は私が承認した
  • 故に、yyyyから「これこれこういうふうに問題がある」と言われたら、お前はそれを直せ。
    このその部分問題に関する限り、それはお前の問題だ。所有者不明ではない。
  • 私はこの問題が早急に解決されることを望んでいる。もし十分に納得のいく意見なくyyyyの要求を蹴飛ばす事は俺が許さん
と、これだけのメッセージが含まれている。これによって所有権問題を解決しておかなくては、yyyy君は問題を解決できない。yyyy君自身にはあなたとおなじ特権は、デフォルトでは与えられていないのだ。

逆に Announcement を利用して所有権問題を解決しない上司というのは、いつまでたっても問題が解決しない、いつの間にか解決活動自体がフェードアウトしている…という経験をし続けることになる。
「うちの会社には実行力がない。全くもってけしからん」
それはあなたの部下が無能なのではない。所有権問題を最初に解決しない
あなたが無能なのだ

優秀な上司は Announcement を最初に行い、最後に行う。所有権問題解決のために最初に行い、真に解決したい問題が解決されたことをアナウンスして特権を解除するためにもう一度 Announcement を行うのだ。