2007年11月11日

英語をどうにかする -4- 動揺してても伝えられるように

このテーマの2回目3回目を読んで
「これでどうすると、英語がどうにかなると?」
と思った人も多いかもしれない。でも、これらはとても大事な事を言っているのだ。

実際問題として、我々は「英語が話したい」のではない。
共通言語が英語しかない人達と意思疎通したい
のだ。2回目3回目で示したかったのはこの事だ。この意識無しにはいつまでたっても完璧な英語が話せるようになるまで英語を話す事はできなくなる。そして、英語にも黒人訛りやスパニッシュ訛りなどがあることからも判るように、完璧な英語などない


完璧な英語などないなら、まずは少しづつでいいから意思疎通ができるようになればいい。ついで、自分が使える表現を増やしていけばいい。しかし、最初に覚えなくてはいけない必要最小限度な知識を最小限度に抑えたい。たくさん覚えなくてはいけないのでは、なかなか英語が話せる、と言う状態にならないからだ。

もう一つ重要なポイントがある。人間は緊張したり、動揺したりすると、平静であれば思い出せることも思い出せなくなる。しかし、緊急事態においてこそなんとしても伝えたい事が発生する。必要最小限度の知識は、どんな状態でも搾り出せるようにしておく必要があるのだ。そのためには、動揺しても、パニックに陥っても、必要最小限の言葉だけは出てくるようにしなくてはいけない。

どんな時にも出てくるようにする唯一の方法は、繰り返す事だ。残念ながらこれに関する限り、人間の脳に何か特別な機能と言うものはついていない。あらゆる機会を通じて繰り返す事でしか、どんな時でも出てくる知識と言うものは養えない。


だから、最初に知るべきことは英語でなくてもどうにかなる事は何か? なのだ。

英語を使わなくても伝えられる意思は何か?痛いとか嬉しいとか、そういう感情は本質的に 音程テンポ だけで伝えられる。そういうものは、日本語で伝えても伝わる、と言う事だ。英語であったとしても、ouch とか hungry とかは後回しでよい。

もちろん、これらは e-mail とかでは使えない。でも無茶を言ってはいけない。本来人間の意思疎通言語はボディランゲージであり、その次が声なのだ。声で伝えるものに論理構造を持たせ、それが書き文字となり、それだけで相当量の情報を伝えられるようになった。情報の明知化が起こったわけだ。しかし、明知化された情報を書き文字だけで伝えるには、相当の知識を身につけなくてはいけない。これには時間がかかる。

だからまずは話せる事、自分の意思が相手に伝えられる事が重要なのだ。
そして、最小限度の単語で伝えられるようにする。不要な単語は後回し。
これが基本になる。

そして、この必要最小限の単語は、常に使う。可能な限り常に使う。話す時に使うだけではない。文章を書く時にも可能な限り使うのだ。不自然になるかならないかぎりぎりのポイントまで、英語を日常的に使う事で、いざと言う時の言葉が身につく。


最初の内に覚える英語は、ある意味サバイバルなのだ。