あなたは吉兆の京都本店にいるとしよう。嵐山にある、あれだ。
あなたはそこでご飯を食べている。もちろん、辺りは和一食…ではなく一色だ。
そこに、サプライズが発生する。KISS の生コンサートだ。そう、ニューヨーク出身のハード・ヘヴィーメタルバンドだ。メンバーがそろそろ全員いい歳だ、というのはちょっと無視しよう。
場所は嵐山。景観は最高だ。
食事は吉兆。食材も、加工技術も超一流と言っていいだろう。
そしてBGMは KISS。ヘヴィーメタルの最高峰…かどうかは異論があるかもしれないが、ちょっとここは最高峰だってことにしておいてくれ。必要なら、自分が最も好きなバンドに差し替えてくれて構わない。
今までの説明の通りだと、それぞれの Technology は最高だ。それを伝えるための技術も最高だろう。
で、あなた、そう、客であるあなたは幸せだろうか?
決して幸せではないはずだ。なぜなら、吉兆でご飯を食べるという段階で、ヘヴィメタを聴くような心境ではないはずだから。あるいはヘヴィメタを聴く心境だった場合、嵐山はただの交通の便が悪いド田舎だし、吉兆のご飯も肩肘が張っているだけで値段に対して味は大して…という心境のはずだ(吉兆の味がどうこう、という意味ではなく、受け入れるような心境には無い、という意味において)。
もし、これがサプライズではなく、最初からそのように予定されており、お客様にそのように伝えられていて、それでこそ良い、というお客様だけが集まったのであれば、これは単に異色の取り合わせでよかったのかもしれない。しかし、サプライズの場合、そこに集まっているお客様は嵐山の景観と吉兆のご飯を、静かな環境で食べたいと思っているのであって、間違ってもヘヴィメタを聴きながらとは思っていないはずだ。
これが Focus だ。
お客様と言うのは、自分が着目しているポイントに関しての Technology を重視し、それに関する説明を熱心に聴く。それ以外のものについては興味は無いのだ。
ある程度までは無視してくれるかもしれないが、邪魔なものがあるという意味においてプラスには取ってもらえない。限界を超えると、もはやマイナスのスコアをつけられてしまう。
「そんな余計なものをつける余力があるなら、
もっと値段を下げるか、
もっと本筋にリソースを集中投下しろっ!!!」
というわけだ。
お客様の Focus から外れた仕事はいかに優れていようとも、いかに説得力に満ち溢れていようとも、評価はしてもらえない。限界を超えて外れているとマイナスの評価さえ受ける。
そう。Technology も Transform/Translate も 0.0 から 1.0 の値をとっていたのに対し、Focus だけは、-1.0 から 1.0 の間の値を取るのだ。そして、お客様が「欲しくない」物について高度な技術が投入され、それがお客様に見える形で提示されると…お客様は激怒する。
なぜかというと、お客様はお金を払っているからだ。そして、その対価として
自分にとって重要なポイントに Focus があたった製品(なりサービスなり)
が欲しいと思っているからだ。自分にとって重要ではないポイントに、投資したお金を使われると、無駄遣いされた、と感じるのは当然だ。この場合、お客様が良く判る形で、無駄遣いされたような印象を与えると、より多くのリソースを無駄遣いされたと感じるようになるので、0.0 ではなく -1.0 の評価を得てしまうわけだ。新入社員にやらせる仕事の多くは、先輩社員がすでに Focus の調整は済ませてくれているものだ。やるべき仕事のテーマははっきりしており、その内容はすでにお客様の満足度を満たすように調整されている。従って、新入社員の場合、この点を心配する必要は無い。
ただ、新人の段階で Focus の事を十分理解していないと、後で酷い目にもあうし、ひどい迷惑を回りに掛けることにもなる。
Focus が甘いケースと言うのは面白いことに2種類ある。本来あるべき焦点より手前に Focus があたっている場合と、奥にあたっている場合があるのだ。
本来より手前に来てしまった例で私が経験したのは次のようなものだ。
あるプロジェクトが納期を過ぎても完成しなかった。3ヶ月締め切りを延ばしてもらい、新規投入されたマンパワーの一方が私だった。このプロジェクトは Web プログラムを作るプロジェクトだったので、プログラム自体のアイコンが必要になった。で、プロジェクトリーダーはそれを数日掛けて作った。
アイコンの品質は実に素人くさいもので、今回のプロジェクトには丁度良い…つまりどう見ても1-2時間しか掛けていないように見えるものだった。ので、お客様の感想は文字通り
「素人臭い」
だった。これはとても良い兆候だった。プロジェクトは納期を過ぎており、1秒でも早く作れるならば、そのための努力を怠るわけには行かず、無駄なリソースを使っていないように見せる必要があったからだ。しかし、プロジェクトリーダーはそう取らなかった。お客様の満足度を向上させねばならぬ、と思ったのだろう。リーダーは数日徹夜して、はるかに素晴しいものを作り上げてきた。当然、お客様は激怒した。
素晴しいアイコンを作ったから
お客様は激怒したのだ。そんな所にマンパワーを投入している暇があったら、ドキュメントを1文字でも多く書くべきなのに、ドットをいじっているとは何事か、と言うわけだ。これは、リーダーがプロジェクトの本質を正しく理解しなかった好例だ。締め切りを過ぎているのだから、アイコンなど「◎」だって良かったはずなのだ。しかし、お客様にとって必要かどうかを熟慮せず、自分の趣味に走った。これは典型的な焦点がお客様よりも自分側にいる例だ。
もう一つは、焦点が逆…つまりお客様のさらに奥に行った例だ。
ある会社がコンサルタントを要求してきた。仮想化技術の将来について現状を評価し、未来を予測して欲しい、というものだった。
このお客様は、仮想化技術を「過去に作ったプログラムを、バイナリレベルで変更せずにいつまで使い続けることが出来るか」という視点に基づいた仮想化技術の評価が欲しいのだ、と言った。プロジェクトリーダーがそれをちゃんと把握できたのかどうかはともかく…調査員はこのことを理解しなかった。
調査員は非常に優秀で、現在ある仮想化技術について、1から100まで調べ上げた。その内容は実に見事なものだった。そして、それをそのまま…つまり「今すでに存在するバイナリを、変更せずに使い続けるための道具としての仮想化」という視点に基づいたフィルタリングをせずに、お客様に提示してしまった。
当然、お客様は混乱する。100 もの情報を与えられ、それを全部噛み砕いて飲み込まないと、その情報の中でどれが自分たちの目的に合った情報なのかわからなかったからだ。そもそも、そんな把握が軽々と出来るならコンサルタントになど雇わない。確かに、与えられた情報は「後で」必要になるかもしれないが、とりあえずは不要なものだ。そのような情報は「削っておいて」欲しかったはずだ。
ちなみにこのリーダーはいまだに何が悪かったのか判っていないらしい…
これはお客様の「先」を「見据えすぎた」例だ。どの情報が必要になるか判らないので、お客様のために「全てを」与えた。結果としてお客様の受容容量を超え、お客様の満足度を下げてしまったわけだ。
ついでだから言っておこう。このお客様が望むような仮想化技術は、ない。
ゲームソフトを仮想マシン上で動かそうとするプロジェクトはあちこちにあるが、微妙なタイミングを無駄なループなどで図っているゲームが意外と多く、タイミングの再生に難儀するそうだ。何しろソフトウェアエミュレーションというのはどんな1命令もハードウェアと同じ速度で実行できるように調整しているわけではないのだからして…
理想的なアプリケーションであれば、仮想化技術で寿命を延ばすのも良いだろう。しかし、そのようなソフトはちょっとした手を加えるだけで、新しい環境に適応する。新しい環境に適応しないのは、ソースコードがなくなっていたり、あってもナニをやっているのやら良く判らない…「いじるな!!! 今動いてるんだから!!!」系のソフトだけだ。そのようなものは、仮想化で寿命を延ばそうにもほとんど伸びない。仮想化ソフトが持っているバグを踏んづけて、ゆとりがなくなってから地獄を見るのがオチだ。
…見ての通り、たった3段落で結論は説明できてしまう。これなら、お客様は一瞬で理解できたに違いない。
100ページを越す大作は、顧客満足度を下げるだけだったのだ。
このように、Focus がきちんとお客様の望むものに当たっている事はとても重要なのだ。お客様に対し、無駄なものを与えるのも、お客様が飲み込めない程の内容を与えるのも、同じぐらい重罪であり、それらはどちらもお客様からは無駄遣いに見えるため -1.0 の評価を受けてしまう。
以上、 Technology, Transform, Focus の3つについての説明は終わった。
Technology と Transform は 0.0 から 1.0 の、Focus は -1.0 から 1.0 までの値をとり、それらの掛け算の結果がお客様の満足度になる。
当然、結果は -1.0 から 1.0 の値をとる。1.0 が大満足、-1.0 はぶん殴られる状態、というわけだ。
…さて、次回は もう一方の重要なポイント、Automation(AT)について説明しよう。Cusotmer Satisfaction だけに注目したのでは、札束で頬を殴られている奴隷と何が違うのかわからなくなってしまうからね。
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