2010年4月4日

新人じゃなくなった人は何を気にするべきか -5.1- 取引コスト

まずは取引コスト(Transaction Costs)から始めよう。

…何についてでもいいのだが…そうだな、たとえばパソコンについてちょっと考えてみて欲しい。
あなたはそろそろ新しいパソコンを買おうと考えている。どこのメーカーのどの機種にするか…

はい。ストップ。

今考えたメーカーは、今使っているメーカーと同じじゃないだろうか?
今考えたパソコン上で動いているOSは、今使っているものと同じ(あるいはその後継)じゃないだろうか?
なぜ、それらを選んだのでしょう?
OSはいまや沢山あるよね。普通の人がちょっと考えて出てくる選択肢だけでも、Windows7、MacOS X、Linux ぐらいはある。Windows上で作ってきたファイルはほぼ全て MacOS X や Linux 上でも使える。逆は若干苦しいが…特に MacOS X 上で動く Keynote のカッチョ良さに匹敵するものはないし…でも、Keynote を使いこなしまくる人以外は MacOS X である必要性はそんなに高くないはずだ。
合理的に考えれば、新しいパソコンで使うOSを何にするか、新規に一から検討をするべきだ。当然、そのOSに合わせてハードウェアを選択するべきだろう。
しかし、現実にはそのようなことをする人はほとんどいない。新しいOSは古いOSと同じか、その後継OSだし、ハードウェアも今使っているのと同じメーカーで、ほぼ確実に他のOSがサポートしている互換性とかは気にもしない。

車を買う時も同じだ。トヨタの車を最初に買うと、ほぼ確実にずっとトヨタ。マツダならマツダ。ホンダならホンダ。日産なら日産。メーカーを変えるのは外車に買い換える時か、なにか画期的なものが出てきたか(ハイブリッドカーとかね)、よほど車メーカーが酷い形で信頼を失った時ぐらいなものだ。

限定合理的な我々は、知らないメーカーや知らないOSについて知らない。文字通り、情報が不足している状態なのだ。しかし調査しようとするとコストが発生する。そのコストを払ってまで情報収集するべきか? それともコストを払わずに候補から外して真の最適からは程遠い状態になるリスクを取るか? この決断をしなくちゃいけない。もし、調査対象がこのコストに見あうほど品質に大きな差があるとは思えないならば、このコストは払うに値しない。
パソコンはどこでもハードウェアはインテルかAMDで演算パワーも大差なく、メモリ容量も似たようなもので、HDDのサイズも同じ。ならOSが多少違ってもできることは似たようなものだろう。天と地ほど違いはないなら、いちいち全部調べるに値するとは思えない。じゃぁ、今のままでいいや…
車はどこでも同じようなもんだろう? 燃費がリッターあたり2倍も違ったりするかい? 同じような値段で、同じような形の車なのに、運転のしやすさは変わらずに一方だけ空を飛べて今の後継だと飛べない、なんてことはないよな? じゃぁいいじゃん。今のままで…あ、ハイブリッド。そうね。じゃぁトヨタかホンダを候補に入れよう…

判るだろうか?見知らぬ候補は調査コストと言う名のハンデを持っているのだ。
『今と同じ(後継)』 >(価値) 『見知らぬ候補自身の価値』 - 『調査コスト』
という不等式が成り立つ限り、ほとんどの人は「今のままでいいや」「今の後継でいいや」となる。これを上回るほどの価値が「見知らぬ候補」側にはあるのだ、という事が事前に伝わっていなければ、そもそも検討の候補にすら上がらない。
ここの『調査コスト』のように、知らないモノに関して取引を行う場合は、知っているモノに関して取引を行う場合に比べてコストがかかる。これを 取引コスト と呼ぶ。

買い物をするなら、見知らぬ店より行きつけの店の方が良いのは、見知らぬ店の信頼度について新たに調査するコストを掛けたくないからだ。同じ値段で同じものを売っているように見えても、見知らぬ店の場合騙されているのかもしれないじゃないか。
だからこそ 贔屓 という概念が出てくるし、そのような贔屓を沢山作った店は、他店より微妙に高くても客が離れることはない。あまり高いと離れていくが。どれぐらい高くても大丈夫か…という辺りは ブランド力 と呼ばれる。ブランド力は、同業他社製品に対し取引コストを引き上げる効果がある。また、同一ブランドネームの他商品に対して取引コストを引き下げる効果もある。
多くの企業が広告を打つのは、自社を知ってもらい、自社製品を知ってもらうことで、取引コストを少しでも下げようとしているからだ。無限にコストを掛けるわけにはいかないから、どこにどうやってアプローチすればいいか? と考える必要が出る。これが マーケティング というものだ。


取引コストにはコミュニケーションがよく効く。取引コストとは無知であるが故に生じるコストだ。じゃぁ、自分のことを相手に伝えることで相手の自分に対する無知を軽減させ、相手の事を知ることで自分の相手に対する取引コストを下げればいいじゃないか。コミュニケーションのためのコストが掛かるが、「モノが売れないことで生じるコスト」だの「より良いサービスをより安く手に入れ損なうことで生じるコスト」の方が大抵の場合大きい。なによりも、その状態だと「価値としての損失」よりも「金額としての損失」が大きい。


「あなたが作っている/扱っている商品を買ってくれるお客様」という Customer の場合、こういう事が言える。

仮にあなたの作っている/扱っている商品が本当に良いもので、でも売れない。他社のもっと質の悪いものは売れているのに…というなら、
あぁ、これは取引コストが高いせいですね
と言えば、100% 正しい。とはいえ、これじゃ何も言っていないに等しいが。
  • あなたの会社名がお客様(あるいはお客様候補)に全く知られていない
  • あなたの会社が扱っている商品が何か全く知られていない
  • 商品が何をするものなのか知られていない
  • 自社内のニーズが見えておらず、商品の必要性が分からない
  • お客様のニーズが見えておらず、商品の方向性/宣伝の方向性がダメダメ
  • 商品を入手するための連絡先が判らない
  • 商品の説明カタログが、日本語じゃない
  • 商品のマニュアル類が日本語じゃない
  • そもそも必要なマニュアル類が無い事が露呈している
これらは全部お客様候補に取引コストを生じさせる。大抵の外資系企業が日本に来て「モノが売れない、非関税障壁だ」などと呻いている場合は、絶対これらの取引コストを引き下げようとする努力が 全くもって、丸っきり、全然、馬鹿かと言うぐらい 足りていない。IT業界の製品を考えただけでも、NEC, 日立, 東芝, 松下, 富士通 などが一般家電からPCから何からで常に名前を見ない日はない、という状態な所に割り込む必要があるのだ。どれほど売り込みが必要か…IBMぐらいだろう、取引コストが十分下がったのは。逆に富士通はエフサスとかPFUとか、無駄に取引コストをあげるブランディングを打ちすぎている。
逆に日本製品がアメリカとかで売れている場合というのは、これらの取引コストを引き下げるための努力がもの凄まじい。"you asked for it, you got it, Toyota," というキャッチフレーズなど、1976年にアメリカにおいてラジオを付けていると GM, Ford, Chrisler のCMの合計に匹敵するぐらい聞こえてきたことがあるぐらいだ。自動車を買うわけがない幼稚園児までがToyotaの名前を知っている、これぐらいじゃないと海外勢の取引コストは下がらない。
"YAMAHAはアメリカの会社だ"
と思い込んでいる人が過半数を占めるぐらい、現地に馴染まなくちゃ「会社を知られていない」という取引コストは下がらないのだ。

無知に伴なう心理的コストには恐ろしいものがある。これは特に日本において顕著な特徴だが
未知のバグより既知のバグ
という顧客傾向がある。
古いバージョンは「既知のバグ」が100個ある。それらは全て正体が判っている。新しいバージョンは「既知のバグ」は一個も無い。そんな怪しげなモノは使えるか。そう言って、既知のバグの多い古いバージョンのソフトウェアを使いたがるのだ。
ちょっと考えれば判るように、新しいバージョンでは古いバージョンにあった100個のバグは直っている。直したから、既知のバグが0になったのだ。もちろん未知のバグはあるだろう。しかし、それは古いバージョンだって同じなのだ。従って、ソフトウェアであれファームウェアであれ、fixそのものに大きな問題が無い事を確認したら、可及的速やかに新しい版に移るのが正しいあり方なのだが、そうしない。
「未知のバグ」と「既知のバグ」で前者の方が取引コストが大きい場合、「既知のバグがある方が安心できる」という状態に陥るのだ。え?未知のバグの数はわからないだろうって? いやいや。バグの総数から100個、既知のバグの分だけ未知なるものが減っているんですからそちらの方が安心ですよ、えぇ。
バグの総数は一定なんて誰が決めたっ
でも、総数が判らないのは一緒なんだから…と考えると、総数は同じのように感じるよね?ようするにある無知が、別の無知と既知のコスト差を逆転してみせることすらもある、と言うことだ。

取引コスト問題を解決するには、本質的には啓蒙とか宣伝とか…ようするに情報を与えるしか無い。だからセミナーとかをやっている会社は多いが…そもそも「よく分からない会社」のやっているセミナーに出たいと思う、あるいは時間を割くべきである、と考える人はいない。ここにも取引コストがいるのだ。いくらセミナーの案内に
「御社が抱える問題を解決するソリューションがここにある」
とか書かれてもねぇ、それを鵜呑みにするには殆どの人はすれているし、人生ですれていないほど学習能力のない人がセミナーに来ても何も学ばずに帰るのがオチだ。

新規顧客が持っている取引コストはこのように非常に高い。だから一度お客様になってくださった方がいたら、リピーターになってもらう方が良い。せっかく相手との取引コストが下がり始めたのだ。お客様が持っている不平・不満を聞き出し、煽り立て、うちの会社の製品がそれをいかにスマートに解決するか刷り込まなくてはいけない。状況によっては他社製品をお勧めする場合でも、その製品が良ければ良いほど、勧めた人の価値も一緒に上がるように、それによって結局取引コストが下がって自社に戻ってくるように、きめ細かくコンタクトを続けろ…営業マンがもっともハッパをかけられるのはここだし、優れた営業マンがやっているのも要するにこういう事だ。
優秀な営業ほど口下手で、自分から物を話す量は少なく、相手にたくさん話しをさせる、というのも実は同じこと。お客様はしゃべればしゃべるほど、営業マンに対する取引コストを引き下げてくれる。
「こんなに私のことを理解してくれてはるんやから」
いや、おばちゃん、あんたが独りでペラペラ喋くってるだけですがな。
逆に営業マンが喋くりすぎると、話に割って入りたいとか、よく解らん事を言われてだけど質問するのも恥ずかしいし(これも取引コストだ)…と、相手に対する心象が悪くなる。心象の悪いヤツに自分が困っている事を打ち明ける人はいないわけで…こうして取引コストは高いままになる。下手をすると最初より高くなったりすらする。

そうそう。はてなブックマークにコメントを書いている人がいたが、床屋は確かに良い例だ。
新規顧客が来たら、床屋は相手に関する情報を引き出そうと色々話しかけてくる。髪を切っている間は特にそうだ。しかし、シャンプー、髭剃りと進むに連れて徐々にしゃべる量が減る。
一見床屋話しているように見えるが、実は床屋は「お客様が話せない状態」では話しかけない。椅子が横倒しになって客が眠くなったら邪魔をしない。話せるときに話す、というのは取引コストを下げる。話せない時に話をさせないのも取引コストを下げる。
軽く居眠りをしてから髪型を整えると、ほぼすべての人はすっきりと快適になって床屋を出る。他の未知の床屋よりも取引コストが下がった状態になり、故に一度行ったことのある床屋は再び訪れる率が高い。
実際にはほとんどの床屋で同じことを経験することができるので、よほどひどい場合を除いて、どこへ行っても「その床屋との取引コストは下がる」のだが…そこでは「未知より既知」のルールが働く。全く同じなら、なにも未知の床屋にチャレンジしなくてもいいじゃん。既知の床屋の方が確実なんだから。
こうして はてブ にあった事を取り込む事自体も取引コストを下げるための方策だ (^^;)



さて、逆にあなたが材料を買ったり、サービスを買ったりする場合。

当然予測されることだけれど、情報収集を怠るな、というのは一つ目の大事なポイントになる。意図的に新規・未知の取引相手に対する取引コストを引き上げちゃいけない。
と、同時に。すでに取引のある相手との取引コストが下がるように働きかける必要がある。あなたが商売するうえでリピーター顧客が大事であるように、あなたがサービスだの材料だのを買う相手もリピーター顧客は大事なのだ。ちょっとしたアイディア…そう -3.3- off demand で書いた、ルンバを使う話とか…は積極的に相手に与えるべきだ。どうせ自分で抱えてても現金化できないんだから。
くだらない話かもしれない?うん、それは相手の営業はよく判っている。でもあなたを邪魔したりはしない。100本に1つぐらいは、どうにか使えるアイディアがあるのを営業マンは知っている。1万に1つぐらいになると、まじで商品化できるものがあるのも知っている。そうじゃないハズレの話であっても、少なくとも客(あなただね)の取引コストが下がる事を直感的に理解している。だから、そうそうムゲに無視したりはしない…というか聞く耳を持たないのは無能な営業マンの証だ。
万が一、本当に商品化したら?
「お客様に教えていただきまして」
「お客様にご意見をいただいて、二人三脚で開発いたしました」
100%自前で作ったとしてもそう言って売り出すはずだ。既存顧客を満足させ、また新規顧客に「他の人が欲しいと言うなら何かあるに違いない」と興味を湧かせる事で取引コストを下げるために。

で、だ。あなたの取引コストを下げている時に、実はあなたは
営業マンのあなたに対する取引コストを引き下げている
事に気がついているだろうか? 新規顧客へ飛び込み営業するのがすごく苦痛な営業マンは多い。それは「営業マン側にも取引コストがある」からだ。どうせ取引をするなら「飛び込みが苦手そうな営業マンが飛び込み営業をかけてきたとき」にするのが良い、と言うことが判る。営業マン側の取引コストを上手に下げてやれば、その営業マンは他の新規顧客に飛び込み営業をする必要性が減る。少々の無理を聞くコストと、新規顧客に対する取引コスト、どちらが安いか…
もちろん、その際にさらに相手の口車に乗ってしまって、結局自分の出費の方が大きくなっちゃった…というのでは全然意味がないが…。



さて。物やサービスを「売る側」「買う側」がはっきりしているこれら2つは、とても判りやすい対称形なので、単純に取引コストだけを考慮してもいろいろ言えることがある。ところが会社と社員のような形になると、この取引コストがものすごくいびつな形で現れることがある。エージェンシー理論の中には取引コストの一形態、あるいはミクロなレベルでの取引コスト理論が積み上がってマクロレベルでの問題として発現しているものがある。

そこで、会社と社員の取引コスト問題は、エージェンシー理論の方でまとめて書く。


そうそう。取引コストについて述べる時にはこの本を紹介するんだった。「あなたの会社が90日で儲かる!」。この本の中身は玉石混交ではっきり言って自分で何を言っているのか判ってかいているとは思えない内容なのだが、当然玉の部分がある。それは、広告を打つときの姿勢。この本に書いてあることを書き換えるとこうなる。

広告は、商品を買ってくれることが確定している人をターゲットに打つのではなく、何らかの理由で取引コストが高くなっている人にもアプローチするように打て。そのためにも、「これを買え」的な広告ではなく、「情報を提供する」とか「サンプルを渡す」とか、そういう形のアプローチを取れ。
商品を買おうとする人にとって、取引コストには大雑把に「必要性の不足」と「魅力の不足」の形で発現する。

「面白い商品だけれど、それは今必要なわけじゃない」…これが必要性の不足。
「必要なのはわかるけど、もうちょっと待てばもっと良いもの/安いものが出てくるかもしれない」…これが魅力の不足。

両方共不足している場合は、買ってくれる確率はとても低い。でも片方だけならどうにかなるかもしれない。そこで、まず広告を打つ。両方共満たされているお客様は即座に買ってくれるだろうが、片方が不足しているようなお客様でも何らかの反応を示すように、広告を打つ。
で、このような「片方が不足していそうなお客様」に対して営業マンをアプローチさせる。最初から取引コストがある程度低い人な上に、ある程度コミュニケーションを取ればどちらが不足しているのかは明瞭になる。そこを集中して攻めさせれば、成約率は高くなる。そうなれば営業マン一人当たりの効率も良くなる。
この本には、広告の見てくれだとか、お願いする形で文章を書けとか、本質とは全く関係ない内容が大事そうに書かれている。そういう「石」な部分を取り除くと、「取引コストに注目しろ」という非常に正しい本質が出てくる。